▼さて、今号もつれづれなるままに思いを綴ってみたい。今、地方自治体の財政事情は危機的状況にある。〝三位一体の改革〟が打ち出されて以降、その厳しさは年々増してきている。▼過日、近畿の府県社協総務部課長会議が行われた。どこの府県社協も財政難を理由に、軒並み補助金カットや人件費(人員)の削減が行われているという実態が報告された。そのため、財源確保対策や事業執行に四苦八苦している状態であるという。「社協は福祉行政にとっては大事なパートナーである」とは言うものの、その実態は「必ずしも暖かい目では見られてはいない」ようだ。これは、さらに前の全国の会議の場で得た私の感想である。しかし「ない袖は振れぬ」自治体もまた現実であろう。▼さて、転じて庶民の暮らしの実態はどうだろうか。これは昔から言われてきたことだが、国の財政が厳しくなると、真っ先に切り捨てられるのは「福祉」である。またぞろ〝ばら撒き福祉だ〟とか、〝生活保護の不正受給額がこんなにも!〟と喧伝されると、常套手段のように福祉の抑制を図ろうとする動きがでてくるのである。所得格差が広がり、生活保護基準以下のワーキングプアは1、400万人以上、あるいはそれ以上ともいわれている。マネーゲームなどに象徴されるように、富める者は富めるだけ富み、一方で、額に汗して働く庶民には「ガマン」を強い、オマケに原油高のアオリまで受けて「これでもか!」と追い詰められている。こうした現実の中で、さらに福祉抑制策がとられるなら、まさに「弱り目に祟り目」である。▼「国は何のために存在しているのか。国民の心と体の安全を保障するのが本来のあり方でしょう。医療、福祉、介護、教育は国の根幹です。ここが基本的な思想でなければなりません」と断じているのは、ある県の医師会長。この厳しい現実だからこそ、ここを最重要課題として取組むことが、政策側のもっぱらの仕事ではないかと筆者は理解したい。▼さて、振り返ってわが京都をみると、ご多聞に漏れずやはり厳しい財政状況にあることに変りはない。その厳しい現状の中で、いかにして福祉行政とタッグを組んでこの難局を乗り越えるか、これが当面の課題である。それにしても、わが社協の不足財源をどこに求めるか、どうやって作り出すか。頭を抱えて悩む毎日である。
