▼月に1度、老々介護をしている両親に元気な顔を見せるために田舎に帰る。老いた母は、よく帰ってきてくれたと弱々しい力で手を握りしめ、『ありがとう』と言ってくれる。別れ際には、遠く離れているのでもう会えないかも知れないと思うのか、慈しむように白内障の目で私の顔を見つめ、また手を握りしめる。『また来るね』と私は別れを告げる。「老い」という限られたこれからの人生を少しでも共有したいと思う。高齢化の進む静かな田舎町に、時折、救急車のサイレンが響き渡っている。▼そんな時、1、000人の死を見届けた終末医療の専門家が執筆した「死ぬときに後悔すること25」大津秀一(致知出版社)を手にした。著者が、京都の日本バプテスト病院ホスピス勤務(京都市左京区)をしていたこと、そして見出しの「後悔しない人生を歩んでください。人は死ぬ間際にこんなことを後悔しています。」の文字が目に留まる。▼25項目の中には、「生前の意思を示さなかったこと」「自分のやりたいことをやらなかったこと」「遺産をどうするか決めなかったこと」「自分の葬儀を考えなかったこと」「故郷に帰らなかったこと」「仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと」「愛する人に『ありがとう』と伝えなかったこと」など終末期の患者さんの〝後悔〟が紹介されている。死期が迫ると、自分の思いをなかなか伝えられなくなってしまうことが少なくないという。▼本会・きょうと高齢者・障害者生活支援センターでは、「語りたい」と「聴きたい」をつなげる小冊子「わたしの綴り帖」を発行している。家族や信頼できる誰かと一緒に「これまでとこれから」を書くノートである。ぜひ、皆さんもこのノートをきっかけにいのちの響き合いを確かめてほしいと思う。▼先の衆院選で国民が選択した新しい政治がはじまる。一人ひとりの人生、かけがえのないいのちを大切にする世の中に一歩でも前進させたいものである。
