▼先日テレビで、「復興、絆とかキレイ事をいわれても生活は戻らない」と、インタビューに応える被災者の厳しい表情に胸を衝かれた。▼3月11日の東日本大震災発生から半年近く経とうとしている。被害が広域で、地震・津波・原発の巨大複合災害であることから、被災の全容掌握と復興への道筋は未だに先が見えない観がある。▼厚生労働省が五月にまとめた「社会福祉施設の被災状況」があるが、福祉新聞社が独自に調べた結果では、厚労省の数字より被災施設で300ヵ所、死亡・行方不明の利用者数で288人多いと報じられている。同社調べでは、被災施設が19都道県で1926ヵ所、全壊・流失121ヵ所、死亡・行方不明の利用者は616人、同職員は179人。しかも、この数字には原発事故の「避難指示区域」管内の施設や居宅介護事業所、社協被災などのデータを含んでいないので実際はさらに多いという。▼日本障害フォーラム(JDF)は、7月13日に内閣総理大臣・特命担当大臣等宛に「被災障害者等への支援と復旧・復興施策に関する要望」を提出した。その一番目の項目は、被災障害者の正確な実態把握を速やかに実施してください、という内容である。震災後に現地に入った支援者から、安否確認のために回った避難所に障害者が少なかったと報告されている。その理由は、①避難所の住環境の厳しさ(階段、トイレ)、②大集団の生活困難(気遣い、トラブル、プライバシー)、③周囲の目(誤解、偏見)などがあげられている。▼また、京都JCIL(日本自立生活センター)被災地視察報告によると、障害者が外をあまり歩かない地域なのか、電動車イスで歩いているだけでびっくりされ、こちらの方がびっくりしたというエピソードが紹介され、現地の被災障害者センター代表は、「街を元に戻してはいけない。閉鎖的な地域で障害者に差別的だった街をそのままに復興してはいけない」と語ったという。仮設住宅へのコミュニティ単位での応募で、日頃から地域で孤立していた障害者が排除され、ある仮設住宅では「うちの町には障害者はいない」と断言する人がいたという話もある。▼被災者にとって被災地は「生活」の場だが、それ以外の者にとって被災地は「事件」の場だ、必要なのは「生活」に呼応した復興だという視点(湯浅誠)が提示されている。原発事故で故郷を去らざるを得なかった人たちは、その「生活」の場すら揺れ動いている。▼震災発生から半年の区切りを迎え、本会と京都災害ボランティア支援センターでは「京の企業・東北応援プロジェクト」と銘打って、京都の企業と被災地・被災者をつなぐ情報サイトを新たに開設する。京都の企業の被災者支援への熱い思いが結集され、広がっていってほしい。
